グルメが彩るものがたり-美味しい古典文学-

国立公文書館の 令和2年度第2回企画展は「グルメが彩るものがたり-美味しい古典文学-」
古典文学に書かれた「食」を取り上げます。
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松風むらさめ 204-0072
成立:室町時代~江戸時代初期  作者:未詳
謡曲『松風』をはじめとする在原行平の伝説をもとにした御伽草子。須磨に流された行平が、海女の松風・村雨という姉妹と出会って契りを交わす。
在原行平が須磨に蟄居したという伝説は、やがて同地で出会った天野姉妹との悲恋に脚色され、謡曲『松風』などを生みました。御伽草子『松風むらさめ』はさらにこれを基にした短編の物語で、資料では潮水を組む姉妹が描かれています。


古今和歌集 特093-0001
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「君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ」百人一首にも載っています。光孝天皇が即位前にある人に若菜を贈ったときに添えた和歌らしい。若菜は春の訪れを告げるため物で、若菜を積むためにの遊びに出かける風習がありました。
で、

大和物語 成立:平安中期? 作者:未詳 特027-0015
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きみがためころものすそをぬらしつゝ はるの野にいでゝつめるわかなぞ
『大和物語』には、良岑宗貞ヨシミネノムネサダ(のち出家して遍昭ヘンジョウ)が五条の貧しい家の女と契りを交わしたとき、精一杯のもてなしとして、庭で摘んだ若菜の蒸し物をご馳走されたという逸話が収められています。その若菜に添えられていた和歌は、『古今和歌集』の光孝 天皇の和歌を踏まえたもの。宗貞は感激し、その後食べたどんなものよりも美味しかったといいます。
貧しい家の女でも愛情料理と和歌を詠める知性があればワンちゃんあるということですね。(違)

古今和歌集 200-0009
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物おもひける時いときなきこをみてよめる
今更に何おひいつらん竹のこのうきふししげき世とはしらずや
(物思いに沈んでいた時、幼い子を見て詠んだ歌
今さらどうして生まれてきたのだろう竹の子の節が多いように折節辛いことがある世の中だと知らないのだろうか)

子「知らねーよ!つか、産んだのおめーだろ!」
さすが古典。少子化の今日の日本でも全く状況は変わらない…。


醒睡笑  成立:寛永5年(1628)  編者:安楽庵策伝(1554-1642)  204-0135
浄土宗の高僧で文人でもあった安楽庵策伝が説経の素材とするた昌平坂学問所の旧蔵書。
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饅頭を菓子にいだしてあれば、「これは小豆斗入て位高し。我等ごときの者たまはるは、ありがたき」とていた□く。又「砂糖まんぢうは近来の出来物。なにのけいづとなし。よのつねの者はうまさのまゝ奔走におもふ」といひてくすみたり。「其方は、なにとして、そのわかちをばしられたるぞ」「かくれもない満仲マンヂウの舞に「貞純の親王の御子をば六孫王と申、六孫王の御子をばたゝ゛のまんぢうと申奉る』」と。
 『醜睡笑』には饅頭にまつわる笑い話か載っています。
 普通の小豆入りの饅頭でもてなされたある男が「普通の饅頭は位が高い」と喜びます。その男が言うには、ご馳走として人気 のある施鰻嶺は、出自が良くないそう。その理由を尋ねられると、男は「ただのまんじゆう(「ただの饅頭」と。「多田満仲」をかける)は貞範親王の子孫だから」と答えました。
  これは幸若舞『満仲』を引いた酒落

 この男の前に「多田満仲」を「ただのまんじゅう」といってネタにする奴はいなかったのか。絶対いたと思う。

徒然草 特119-0003
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「日比こゝにものし給ふとも見ぬ人ゝのかくたゝかひし給は、いかなる人ぞ」と問ければ、 「年来たのみて朝な  めしつる土おほねらにさぶらうといひて失にけり。
「普段はこのあたりにいらっしゃるとも思えない人々が、このように戦ってくださるとは、あなた方はどういった方なのですか」と尋ねると、「私どもは長年頼りにして毎朝召し上がってくたさった大根でございます」と言って、消えてしまった。

 『徒然草』には、健康に良いという理由で毎朝「おほね(大根)」 を食べ続けた武士の話が載っています。
 あるとき、屋敷を敵に襲撃されたところ 、見ず知らずのニ人の武士が現れて奮戦して敵を撃退したといいます。その正体はなんと毎朝食べていた大根の精。これについて兼好法師は「ふかく信をいたしぬれば、かゝる徳もありけるにこそそ(深く信心していれば、このような功徳もあるのだろう)」と述べています。

 「大根の恩返し」と思ったけど、そもそも食べられるって「恩」なのか?あまりのストーリーなのでなかなかうまく突っ込めない。

善知鳥うとう   成立:寛正6年(1465)以前か  作者:未詳 199-0216
室町時代に成立した謡曲の一つで、猟師の亡霊が現れて旅の憎に供養を懇願するという内容を持つ。 親子の情が厚い「善知鳥」という鳥の習性を利用して猟をしていた猟師が、死後に報いを受けて苦悩する。展示資料は江戸時代に出版された『観世流謡本』のうちの一冊で、大学・大学校の旧蔵書。
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親はかくすとすれど「うとふ」とよばれて子は「やすかた」と答へけり
親は子を隠そうとするけれど、「うとう」と呼ばれると子は「やすかた」と答える。
「善知鳥」という鳥には、親が「うとう」と鳴くと、子が、やすかたjと答えるという伝説があります。謡曲『善知鳥』はこの習性を 利用して、親の鳴き真似で雛を見つけて猟をしていた男が、穀生の罪と、生活の手段として猟を避けられないことに苦悩し、やがて亡霊となって現れます。 肉食に対する拒否感は、猟師・漁師や武士など、殺生を避けられない身分の人々の生活とも深く関わっていました。

「うとう」「やすかた」というのは、善知鳥中納言安方(烏頭大納言藤原安方)からきているようです。自然の摂理かもしれないけれど、雛も親鳥も猟師も哀しく、考えさせられます。

11月29日まで。
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