中高年がひきこもる理由

また始まりました。本の話題について話すかと思えば、それをネタに隙あれば自分語りなこの「書評・ブックトーク」カテゴリ。
今日ご紹介する本は桝田 智彦「中高年がひきこもる理由」青春出版社,2019です。

運が良かったのか、とりあえず現時点で私は「引きこもり」ではありませんが、それでもどことなく明日は我が身というか、自分がひきこもってしまうリスクは、想定し対策を立てる意味がある程度には感じます。
仕事でストレスというかメンタルに負荷をためるあまり、もうこうなったら辞めてしまおう!という衝動に駆られる時がありますが、その衝動を瞬時に押しとどめる思考の一つが「辞めたら引きこもりになるだろうな」という予測です。そいつはできれば避けたいなと。

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中高年の方が多いひきこもり

 ひきこもりといえば、若い人たちがなるもの。そんな一般のイメージとは異なり、実は中高年のひきこもりか多いという報道を目にされた方もいらっしやるでしょう。
 2018年、内閣府が40歳~64歳を対象に行ったひきこもりの実態調査によって、この年齢層のひきこもりが推計で約61万人にものぼることが判明しました。2015年に実施した同じ内閣府の調査では、15歳~39歳のひきこもりの推計人数が約54万人。ひきこもりは若年層よりも中高年のほうが多いことが、はっきりと数字で表れているのです。 (p.3)


 まじか。ひきこもりにも高齢化の影響が…とはいえ、自殺者なんかでも若者よりも中高年(特に男性)の方が多いなんて話も聞くので、未来のある若者よりも、身体の衰えと、自分を超えていきそうな(あるいはすでに超えた)若手の勢力の脅威を感じながらも、今さら人生のやり直しがきかない中高年男性のほうがずっと不遇なんだろうなと。男はつらいよ。

新しいタイプのひきこもり(pp.73-78)

「新しいタイプ」とは、貧困や雇用、親の介護などがきっかけとなって、ひきこもってしまわれた方々です。そして、彼らの多くが一人前の社会人として働いてきた経験を持っていることは、すでにお話ししたとおりです。
 内閣府の中高年ひきこもりに関する実態調査では「35歳以上での無職の経験」が53.2%と半数以上いました。しかも、「働いた経験」という項目では、「正社員として働いたことがある」人が73.9%におよんだのです。
 つまり、中高年ひきこもりの方々の多くは社会人として通用していたし、社会人として「まっとうに」生きてきた人だちなのです。ということは、人づきあいでも、人間関係でもふつうにこなしてきた人たちのはずです。


 こういう「それまで何とかうまくやってきた人」、って自分も何だけど、こんな人が偶然でも一度転落してしまうと、あとは一気に奈落の底に行ってしまい、二度と娑婆には戻れないのだろうなと。

40代、50代ともなると、給料もそれなりに高額になるため、リストラの標的にされやすく、突然、解雇を言いわたされるケースも少なくありません。また、リストラには遭わなくても、職場での強烈ないじめや過酷な労働環境などに耐えられずに会社を辞めていく人もいます。
 最近では、郷里に住む親の介護のためにやむをえず退職する人も目立つようです。いずれにしろ、中高年の人が会社を辞めると、新しい職を見つけることは至難の業で、東京や大阪などの都市部でさえ、先はどの男性の例のように、再就職先を見つけることがむずかしくなるのです。
 それでも、都市部では非正規やアルバイトなら見つかるかもしれません。最初のうちは、それまでのキャリアで培った自分のスキルを少しは活かせるような職場を望んでいた人も、不採用通知の山を見ると、高望みはできないことを思い知るようになるのでしょう。食べていくために非正規やアルバイトで手を打つ方もいるわけです。
 しかし、たとえば、コンビニやラーメン店などで働きはしめたとします。そこにはたいてい年下の上司がいます。年下であっても、相手が上司や先輩なら立てなければならないような文化が日本にはまだ根強く残っているようです。
 20代の上司が、40代、50代の部下にえらそうに命令したり、怒鳴りつけているのを飲食店やコンビニなどで見たことがある方もいるかもしれません。中高年の部下は自分を必死で抑えているのでしょう、頭を下げつづけていたりするのです。ボロボロに傷つけられた心を抱えて働きつづけることにも、限界があります。
 読者の方々は、このような状況で働きつづける自信はおありでしょうか。おそらく、半分以上の方が首を横に振られると思います。


 やばい。リアルだ。リアルすぎる。
 たぶん自分が仕事がきついからといって専任の教員を辞めたとする。このご時世、計画的に転職した場合は別だけど、正規雇用は無理だろう。
それでも幸い、理科教師は人手不足らしいので、適当に非常勤講師はやれるかもしれない。その場合、たしかに仕事のきつさは和らぐかもしれないけど、年収は半分以下になるだろうし、その生活に慣れ、不満か不安が出たときに、そもそもなんで辞めたんだ、ということになりそう。まして塾講師などになろうもんなら、年収は下がるくせに現職とはそれほど変わらないきつさのような気がする。コンビニやラーメン店に至っては(以下略
 いずれにしろ、辞めたことを後悔することが目に見えている。
 ぐつぐつに煮えた鍋の中にいるジャガイモ君が、あまりに熱いからといって、思い切って鍋から飛び出した。そしたら、コロンと落ちて、鍋の下の火で燃やされてしまった、みたいな。

 それがわかっているから、ここ何年かの、なりふり構わず、降りかかってきた火の粉を払ってばかりの印象がある日々、自分の心と体が逃避し、拒絶して止まっていく、壊れていくような違和感をもとうが、矢面に立たされたあと 梯子外されようが、無理ゲーやらされ しくじったら詰められようが、何とか辞めずに今まで仕事にしがみついて生きてきたわけです。辞めることでひきこもり、さらに一気に燃え盛る火の中に転落するという恐怖に怯えながら。
 

 ようやく見つけた非正規ややアルバイトも続かなかったとしたら、立ち直ってまた新しい職を探すのは、容易なことではありません。また、無職の状態では体裁も悪く感じられ、友だちとも会いたくないでしょう。第一、友だちと会うとなれば、交通費も、食事代もかかります。
 そうなると、なるべくお金を使わないようにするためにも、なんとなくひきこもるようになっていくのも不思議ではないでしょう。
 問題はこのような過程で孤立に追い込まれ、以前は自分のなかにあった自己肯定感も、社会に認められている感覚も両方を削られていき、アイデンティティが完全に崩壊してしまうことだと思います。
 つまり、パート先で年下の上司に小突かれっづけたり、何度も面接で落とされたりしているうちに、「自分は自分でいい」という自己肯定感は低下していきます。しかも、無職になってしまったことで、「そんな自分でいいと社会に認められている」という確信は当然のこととして、徐々にゼロに近い状態に陥るでしょう。
 自己肯定感も、社会的に認められている感覚も両方を失い、生きるための「土台」であるアイデンティティが崩壊してしまったとき、人は絶望し、ひきこもらざるをえないのだと思います。


 「ひきこもらざるをえない」ここ、大事なところ。好き好んでひきこもっているのではなく、他に選択肢がなく、ひきこもらざるをえない。つまり、ひきこもる人に問題があるというよりは、ひきこもらざるをえない社会環境に問題があるというのが、この本の主張の一つだと私は理解しました。ただ仮にそれがその通りだとしても、だからといって、誰かが助けてくれるわけでもなければ、ひきこもりから脱出できるようになるわけでもありません。
 それでも、自分の場合は自己肯定感はともかく、一応は社会に認められている感覚はあるのが救いかな。本の執筆などもやらせてもらっているなど、一応は仕事で一定の評価はいただいているというという認識だし。あ、これが自己肯定感か?

ひきこもりビリーフ(pp.80-82)

 私の研究で、ひきこもり状態にある人には「○○しなければならない、○○すべきである」といった、特有の信念体系があることがわかりました。「○○すべき」という信念や思考は不適応状態や心の病の誘い水になることがわかっており、心理学ではイラショナルービリーフ(非合理思考)と呼ばれいます。ひきこもり状態にある人たちに特有な信念体系であることから「ひきこもりビリーフ」と名づけました。ひきこもりビリーフについては81ベージにまとめています。

ひきこもりビリーフ
①就学・就労について
  「完璧な仕事をしないといけない」「不完全な自分では何もできない」
②親子関係について
  「親の期待には応えるべきだ」「親に迷惑をかけるべきではない.」
③(現在の)自身の生活について
  「意味のない一日を送ってはならない」「同年代と同じような生活をするべきだ」
④対人関係について
  「きちんとしたコミュニケーションをとれる人間でなくてはならない」「同年代と同じレベルの人間関係を持っていなくてはならない」
  「人に嫌われてはならない」
⑤他者評価について
  「他者からの評価に値する自分でいなくてはいけない」「良い評価を受けないとやっていけない」
⑥自己決定、選択について
  「失敗しない選択をしなくてはならない」「何事に対しても決断するには時間が必要だ」
⑦所属、肩書について
  「自分はどこかに所属していなくてはならない」「なんらかの肩書は大切だ」
⑧協調性について
  「人からの指示や意見を受け入れなくてはならない」「争いはさけるべきだ」

ひきこもり状態にある人たちは、これらのことが「わかっているけれど、できない」から苦しくて、つらいのです。そんな自分のことで、親が悲しんでいることを思うと、罪悪感はいっそう強まり、悲しみと孤独は深まります。


 この「ひきこもりビリーフ」、今のところ(あくまでも今のところ、ですが)ひきこもっていない私も強く持っています。はっきりいってすべて当てはまります。
 むしろこの「ひきこもりビリーフ」こそが、今の自分がどんなにつらくても仕事を辞めない原動力になっているような気がするのです。
 では、ひきこもりの人との違いは何かというと「わかっているし、できる」ということに尽きると思います。それが自己肯定感にはつながりませんが、自分では以前から、少なくとも学生時代から、「ひきこもりビリーフ」にあたるものを「義務感」と呼んで、いまでもある種の行動原理の一つとなっています。これはむしろひきこもらないように働いている力です。
ただ、そんなスタンスは「社会は厳しいものだ」と思いたい人が社会を厳しくしてしまう事実と同様、自分にも他人にも大変ストレスフルです。そして、「わかっているのに、できなくなる」への変化は、なんかのきっかけで簡単に起こりそうなです。そのとき「ひきこもりビリーフ」が今度は一気に奈落の底へ突き落としてくれそうです。くわばらくわばら。

まとめ
 自分は今後、ひきこもる可能性もあるけれど、意外に逃げ切りそうな気も。
 とりあえず、年金受給など(いつのことやら、ってかもらえるのか?)仕事を辞めても経済的に生活ができる年齢をゴールとすれば(それ以降はひきこもりというよりも寝たきりとか要介護のような気もするけど)、その時期までひきこもらずに逃げ切れるかどうかを考えてみた。
 ひきこもりは決して他人ごとでなく、今までだって紙一重で生き抜いてきたにすぎないという気持ちがある一方、独身ではあるが家族(母親とニャンコ)に支えられ、それなりに仕事でも実績を出させていただいたこと、そしてひきこもりの人と共通する「ひきこもりビリーフ」のおかげで、仕事を辞めてしまった後は厳しいかとは思うが、仕事を辞めるという「最後の手段」になるまでの耐性は案外あるようにも思える。

 とにかく、どんなにボロボロになろうとも、いい転職のチャンスでもなければ、今の仕事にしがみつこうと思う。きっとそれがベストな選択だと信じているから。
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