初づくし-初にまつわる江戸時代の行事・風習-

国立公文書館の 令和元年度第3回企画展は「初づくし-初にまつわる江戸時代の行事・風習-」
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初詣や書き初め、お食い初めや初午など、江戸時代の「初」にまつわる資料が展示されています。
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主な展示、いってみましょう。

諸国図会年中行事大成  文化3年(1806)刊  速水春暁画 184-0039
京都を中心に全国の神社の神事や祭祀、寺院の法会や開帳きらには年中行事について、図を交えて解説した資料。 速水春暁(春暁斎)は京都の商家に生まれ、画を学び、多くの議本や地誌などの挿絵を担当している。堀氏花迺家文庫旧蔵。全6冊。

江戸歳時記 天保9年(1838)刊  斎藤月岑編、長谷川雪旦画、長谷川雪堤補画 184-0012
江戸及び近郊の年中行事を挿絵入りで解説した資料。「東都歳時記」の署名で広く知られている。月日順で行事を記し、各月の終わりにはその折々の風物の記載もある。斎藤月岑は江戸の名主で、文化人としても名高い人物。全5冊。

諸国図会年中行事大成1(8/59) 
江戸時代のお正月の風景です。門松やしめ飾りが飾られた家の前で新年の挨拶が交わされ、女性や子どもたちは羽子板に興じています(『諸国図会年行事大成』)。
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また、江戸城では元日から年頭の行事が始まるため、登城する諸大名 の行列が描かれています(『江戸歳時記』)。


江戸名所図会 天保5年(1834)~7年刊 斎藤長秋ほか編、長谷川雪旦画  267-0081
江戸及びよび近郊の名所旧跡・神社仏閣を調査し、絵を交えて記述した地誌。斎藤長秋(幸雄)が刊行に着手し、この幸孝、孫の月岑と3代に渡り継承され、完成した。太政官正院地誌課・地理寮地誌課・内務省地理局旧蔵。全20冊。
江戸名所図会5 (6/55)
江戸時代には神仏ごとの縁日(神仏の現れた日など由緒のある日)に基づく正月の寺社参詣が盛んでした。川崎大師は現在でも多くの初詣客でにぎわっていますが、『江戸名所図会』には多数の参詣客が集まるのは「廿一日」とあります。21日は川崎第四の本尊、弘法大使の縁日であり、中でも新年最初の縁日である1月21日は「初大師」と呼ばれました。


尾張名所図会 天保15年(1844)刊 岡田啓・野口道直選、小田切忠近(春江シュンコウ)画 173-0017
尾張国(愛知県西部)の名所・旧跡などを絵入り解説した地誌。風景に加えて、祭礼の様子など年中行事を描いた挿絵も多い。岡田啓尾張藩士、野口道直は尾議の商人で、国学に通じ 『尾張名所図会』の刊行にあたっては、資金面でも尽力したとされている。内務省旧蔵。全7冊。
尾張名所図会7(23/91) 
愛知県のあま市にある甚目寺ジモクジの「初観音詣」の賑わいを描いた図です。.「初観音詣」は1月18日で、新年最初の観音菩薩(観世音菩薩)の縁日です。観音の縁日として、東京の浅草寺や京都の清水寺などか有名ですが、縁日に基づく参詣が大規模な寺社や大都市のみにとどまるものではないことがわかります。


難波鑑ナニワカガミ 延宝8年(1680)序・跋   一無軒道冶イチムケンドウヤ選  特122-0004 15/29
大坂の市中や寺社の年中行事を月日順に叙述した書。挿絵も豊富で、 当時の名所や風習を伝えている。一無軒道冶は医師であるが、『難波鑑』のほかにも『蘆分船アシワケブネ』などの地誌を執筆している。教部省旧蔵。 全6冊。
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善光寺道名所図会 嘉永2 年(1849)刊  豊田利忠(庸園ヨウエン)編・画 小田切忠近(春江)校正・補画 267-0086
善光寺詣を題材とした案内書。洗馬宿(長野県塩尻市)から善光寺、 善光寺から追分宿(長野県北佐久郡軽井沢町)までの名所や寺社を紹介している。豊田利忠は尾張徳川家の付家老竹腰氏の家臣。太政官正院地志課・地理寮地誌課・内務省地理局旧蔵。全5 冊。
善光寺道名所図会1 (30/69) 
I月11日に開かれる松本の「初市」の賑わいを描いた図です。この「初市」に関 しては、今川氏や北条氏に塩の供給を止められ、領内の塩不足で苦しんでいた 武田信玄に対して、上杉謙信から送られた塩が、1 月11 日に松本に届いたことを記念して、この日に「初市」が開催されるようになったともいわれています。

都林泉名勝図会 寛政11 年(1799)刊  秋里離島アキサトリトウ著 、佐久間草偃ほか画  172-0184
京都の名所や名園を図説した案内記。「林泉」とは庭園のことであり、挿絵では庭園・寺社の風景や行事の様子が描かれている。 秋里簾島は 『都名所図会』をはじめとして、多くの名所図会の編集 ・執筆に携 わった人物。元老院旧蔵。全6冊。
都林泉名勝図会4 (36/43) 国際日本文化研究センターにもありました。
稲荷社初午詣


碧山目録 長禄3年(1459)~応仁2年(1468)、明治11年写 大極著  163-0081
室町時代の禅僧である大極(たいきょく、たいぎょく)の日記。応仁の乱による.畿内の動乱について記録いる資料として知られている.現存しているのは一部分で、もともとの日記は享徳元年(1452)頃 に始められたと考えられている。太政官正院歴史課・修史局・修史館・ 内閣臨時修史局旧蔵。全5冊。
碧山日録1 (33/113)
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「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む名字があります。4月1日に綿入りの冬着から袷に衣替えを行うことから「四月一日」を「わたぬき」と読んだと言われますが、既に室町時代の資料『碧山日録』に「四月一日」を「綿抜朔ワタヌキノツイタチ」と読んでいたという記述があります。
 
恒例公事録 明治20年(1887)成立 宮内省・中山忠能ほか編  特107-0001
江戸後期の朝廷の行事を網羅的に記録した資斜『公事録』の中から、 恒例行事に関して記述した部分を写した資料。行事で用いる調度品な どの図も豊富。中山忠能を中心に、有職故実に詳しい旧公家らが編纂に携わっている。全31冊。
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江戸時代にも、庶民が朝廷の行事を見学することができました。そのひとつが 1月17日-19日頃に催される舞御覧です。天皇は御簾の中カ・ら舞楽を見物し、庶民もその日は御所内に入ることができ、行事の様子を見ることができました (『禁中恒例年中行事』)。『恒例公事録』にはこの日天皇などに供される膳の彩色図が描かれています。

礼方書 天明2年(1782)奥書  小笠原長時著 153-0349
小笠原流の礼法についてまとめた資料。縫い物や妊婦が着用する帯 に関してなど、女性の役に立つ記述も多い。小笠原流は明治以後の学校教育にも取り入れられ、特に女性の礼儀作法として普及した。堀氏花迺家文庫旧蔵.全3冊。
礼方書1 (32/43)
お食い初め

江戸歳時記 天保9年(1838)刊  斎藤月岑編、長谷川雪旦画、長谷川雪堤補画 184-0012
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七五三は3歳の髪置、 5歳の袴着ハカマギ(着袴チャッコ)、 7 歳の帯解(紐解)という行事と関連しているといわれています。『江戸歳事記』を見ると、少なくとも江戸時代後期から 幕末頃の江戸では既に3歳の男児・女児、5歳の男児、7歳の女児が11月15 日に神社などへお参りに出かけるという考え方が生まれていたことがわかります。


伊勢家伝来武家故実祝事大概  嘉永3年(1850)序 飯島勝休著  153-0320
伊勢流の故実(儀式などの先例や根拠)を中心に、元服や婚礼などの祝い事について概説した資料。図が豊富に掲載されており、彩色の図もある。伊勢流も小笠原流と同じく、礼式(礼儀作淘の一流派。飯島勝休は幕末の信濃国松代藩士で故実家。内務省旧蔵。全3冊。
伊勢家伝来武家故実祝事大概1(35/56)
茫眉ボウマユ「すべらかし」の図
「初歯黒」を行う当日は、初めて花眉と呼ばれる下側をぼかした眉を描き、また、 初めて髪を結う。
伊勢家伝来武家故実祝事大概1(37/56)
女子が初めてお歯黒をつける ことを「初歯黒」、「初鉄漿(はつかね、はつがね)」 といいます。 お歯黒は女子の成人を示す化粧とされています。 「初歯黒」を行う年 齢は様々であったようで 、『伊勢家伝来武家故実祝事大概』では9 歳とする説、もしくは、13歳頃とする説もあるとしています。

今回もまた「あなたの知らない世界」をちょっと知ってしまったわけですが、特に「四月一日」がインパクト大。「わたぬき」というのは聞いたことがあるけれど、衣替えか~なるほどね。旧暦の四月一日は現在だと五月上旬でやはり衣替えの季節だしね。
3月8日まで。

来年度の予定が張り出されていました。平成30年度は特別展2回、企画展4回だったのが、令和元年度は特別展2回、企画展3回、そして令和2年度は特別展1回、企画展3回と減ってきています。予算の問題か、準備の大変さの問題なのかはわかりませんが、ちょっと寂しいので応援がてらデジタルアーカイブのアンケートに回答しておきました。。。
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寂しいついでにもう一つ。公文書館と同じ竹橋にある丸紅本社ビルの工事が進んで、仮囲いの展示コーナーがなくなっていました(寂)。ま、2020年10月に竣工する予定ですからね…。
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