東京駅丸の内駅舎保存・復原工事の記録

東京駅の駅舎や日本銀行などを設計した辰野金吾。没後100年を記念した企画展「辰野金吾と美術のはなし」が開かれていました。
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なかなか良かったのですが、いかんせん展示室は撮影禁止。建物のレンガだけとってきました。
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展示を終えて、ミュージアムショップを出て、2階の回廊みたいなところに出たら、新たな展示が。
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東京駅丸の内駅舎保存・復原工事の記録
 戦後、建て替えによる取り壊しの危機に幾度となくさらされてきた東京駅。その保存問題は、日本建築学会からの保存要望や、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」を中心とする地道な保存活動がおこるなど、大きな社会的テーマとなっていました。こうし たなか、1999(平成11)年に当時の東京都知事とJR東日本社長との間で、駅舎の復原について基本的合意がなされ、 保存が決定します。さらに2003(平成15)年5月には、駅舎が国の重要文化財に指定されました。
 JR東日本では2002(平成14)年から、社内にプロジェクトを発足させ、外部の有識者を含む専門委員会での検討もかさねて、保存・復原の基本理念を取りまとめます。 その中で、丸の内駅舎を使い続けるための設計方針として、
・残存するオリジナルを最大限保存に努める
・復原は推測を禁止し、信想性のある根拠によることを明確にする
・創建時以降の改修や補修については、意匠的・技術的にすぐれたもの は保存・活用する
など、重要文化財に手を加える際の基本的ルールを定めました。

 本工事は、駅の営業をとめることなく行われ、プロジェクト発足からほぼ10年の歳月をかけて完了しました。工事の過程では、失われていた創建時の装飾や建材が発見され、また、戦災復興工事にたずさわった先人の工夫や苦労が明らかにされていきました。2012(平成24)年10月1日にグランドオープンの日をむかえた東京駅丸の内駅舎は、現在、駅という役割だけで なく、観光スポットとして人々に親しまれています。本展示を通して、保存・ 復原工事の意義を感じていただければ幸いです。

東京駅丸の内駅舎保存・復原工事の概要
工期2007(平成19)年4月~2012(平成24)年10月
敷地面積約117,000n(うち特例敷地部分約24,600 m
建築面積約9,800m 地上3階(一部4階)・地下2階
延べ面積約43,000m
軒高約16.7m、最高高さ約46.1 m(フイニアル含む。ただし、フィニアルを除く高さは約34.8m)*フイニアル=頂部飾り
躯体構造 鉄骨煉瓦造、RC造(一部S造・SRC造〕
設計 東日本旅客鉄道株式会社  東京工事務所・東京電気システム聞発工事事務所、
東京駅丸の内駅舎保存・復原設計共同企業体 (株式会社ジェイアール東日本建築設計事務所・ジェイアール東日本コンサルタンツ株式会社)
施工 東京駅丸の内駅含保存・復原工事共同企業体(鹿島・清水・鉄建 建設共同企業体)



旧第七号階段ブラケット Original bracket of the old seventh staircase  1914(大正3)年頃(創建時) 鉄道博物館蔵
 駅舎最南端の南ウィング3階旧第7号階段部分から、創建時のものと思われる階段ブラケット(持ち送り)と手すりが発見されました。
戦前になんらかの理由で上からモルタルが塗られたため、空襲後も焼け残ったと考えられます。アール・ヌーヴォー風の曲線的な装飾がほどこされた、駅舎創建当時の建築部材のデザインを伝える貴重な実物資料です。
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3階回廊ブラケット(月の満ち欠け) (右から、三日月、十三夜、望月、下弦の月) Original third floor balcony bracket hollowed out in the shape indicating phases of the moon
1914(大正3)年頃(創建時) 鉄道博物館蔵
創建時、駅舎南北ドームの3階回廊の支えと して、鉄製三角形のブラケット(持ち送り)が つけられていました。そのデザインは文献に よって、満月から新月へと月の満ち欠けを表す ように、鉄板の真ん中をくりぬいていたという ことがわかっていましたが、戦災復興工事で撤去されたため、具体的なデザインは不明で した。保存・復原工事によって、南ドーム部の下屋根解体中に、鉄骨架構の一部として転用されていたブラケット10体が発見され、新月以外のデザインが明らかになりました。現在は 復原されたブラケットが、北面の新月から時計 回りに北東面=三日月、東面=上弦の月、南東 面=十三夜、南面=望月、南西面=立待月、 西面=下弦の月、北西面=二十六夜(三日月の 反転)と配置されています。
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南北ドームの装飾レリーフ (上)菱の実 (下)エッグ&ダート 1914(大正3)年頃(創建時) 鉄道博物館蔵
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南北ドームの装飾レリーフ ロゼット
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旧八号階段手摺 ・ 旧七号階段手摺
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南北ドームの装飾レリーフ 干支復原用石膏原型 (上段左から丑、寅、辰、巳 下段左から未、申、犬、亥)
Mold of zodiac sign relief sculpture of the south and north gate dome ceiling, made for the restoration
2007-2012(平成19-24)年(復原時) 鉄道博物館蔵
創建時、南北ドームの天井には、ドームの方位 にしたがって十二支中の八支の石膏彫刻が、 ホールを見下ろすように取り付けられていました。 これらの干支レリーフは、第2次世界大戦中の 空襲によって焼失したため、今回の保存・復原工事では、古写真と文献をもとに試作が重ねられ復原されました。レリーフの復原デザインにあたっては、東京芸術大学美術学部彫刻科の深井隆教授が美術監修を務めました。
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東京駅丸の内駅舎の変遷
バルツァー提案による中央停車場模型
バルツアーの論文「Die Hochbahn von Tokio (東京の高架鉄道)」 に掲載された中央停車場図面をもとに製作  
2014 (平成26)年 縮尺1/200  鉄道博物館蔵
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創建時の東京駅 Tokyo Station in 1914
1978(昭和53)年頃 縮尺1/300 東日本旅客鉄道株式会社蔵
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戦災復興工事後の東京駅 1978(昭和53)年頃 縮尺1/300 東日本旅客鉄道株式会社蔵
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東京駅丸の内駅舎復原模型 2012年頃 縮尺1/500 東京ステーションギャラリー蔵
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トラスの一部 1945(昭和20)年頃(戦災復興事) 東京駅蔵
 駅舎の戦災復興工事で作られた屋根を支える骨組みの一部です。第2次世界大戦中は木材の入手が困難だったため、多くの軍事施設が「新興木構造」という、ドイツで生まれた構法で建設されました。 この構法は、短い木材を金具(ヂベル鋲やポルト)で接合することで、大きなスパンの小屋組みを作り上げることができます。駅舎の戦災復興工事でも用いられ、 木材を接合する金具には日本で考案されたヂベル鋲が使われています。終戦直後の状況を伝える貴重な資料です。
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ヂベル鋲 1945年(昭和20年)頃(震災復興時) 東京ステーションギャラリー蔵
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前も見ました1914年/1964年/2014年の丸の内(ジオラマ)
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