明治大学平和教育登戸研究所資料館(前編)

川崎の生田緑地の近くに明治大学生田キャンパスがあるのですが、そこに平和教育登戸研究所資料館があります。
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登戸研究所って?というところからお話ししないといけませんね。
一言でいうと旧日本陸軍が、兵器開発、特にスパイ活動や謀略戦のような秘密戦のために設立した研究所です。秘密戦なだけに、研究所の存在自体が秘密とされていました。そして終戦とともに研究所は閉鎖され、資料なども隠滅され、関係者も固く口を閉ざし、その存在は秘密のまま消えていくはずでした。そんな秘密あふれる研究所に関する資料館です。



順路に沿ってみていきましょう。

第一展示室では主に研究の全容を紹介しています。
「第九陸軍技術研究所」という名称がありながら、存在が秘密だったため、公的にはこの名称は登場しませんでした。そのくせ第十陸軍技術研究所はあるため、「なんで第十はあるのに第九はないんだ?」と素朴な疑問を持たれなかったのかが気になります。

左は企画委員会(これが政府レベルの組織なのか、軍部内の組織なのかがわかりませんが)の記録、右は「状況申告」という文書です。これらによると登戸拳銃所の予算はかなり優遇されていたようで、10の陸軍研究所の中でも最大の予算が配分されるなど、存在が秘密だったのに、予算は豊富だったそうです。
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第二展示室は、登戸研究所の第一科の紹介です。第四科まであるのですが、第一科は電波兵器などの物理分野を担当していた部署ですが、中でも風船爆弾は有名です。

風船爆弾の小型の模型
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気球の紙
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廊下には、気球の紙が触れる展示がありました。
生紙(きがみ)を5枚、こんにゃく糊で貼り合わせた「ごわ」に25%炭酸ナトリウム水溶液に浸し、さらに16%グリセリン水溶液に浸すと若干の弾力性をもった気球紙になります。
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第三展示室は、第二科の展示室です。第二科は防諜、諜報の情報工作と、宣伝、謀略の攪乱工作とがある秘密戦の兵器や資材の研究をこなっていました。具体的には生物兵器、毒物、スパイ機材などが守備範囲です。

第二科第一班班長の伴繁雄少佐の旧邸(長野県駒ケ根市)から見つかったもの。
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『秘密戦関係』 憲兵学校のテキスト
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第二科長・山田桜大佐の著作『化学兵器』
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実験で使われていたストップウオッチと「憲兵操作必携」
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陸軍技術有功賞の賞状。東条英機の名が…。
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第四展示室は、第三科の展示室です。第三科は偽札や偽造パスポートを作っていました。
第三科の建物は生田キャンパスにあったのですが、老朽化で取り壊されてしまいました。そこに使われていた資材が展示されています。
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そして偽札
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第四科は第一科、第二科の研究品の製造、補給、指導を行っていましたが、特別の展示室はありません。
中編に続く。
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