平成30年春の特別展 江戸幕府、最後の闘い-幕末の「文武」改革―

国立公文書館の 平成30年春の特別展は 江戸幕府、最後の闘い-幕末の「文武」改革―
今年は明治150年。それを記念した一連の展示の第1弾のようです。

特別展は木・金は夜8時までやっていて、仕事帰りに行けるので助かります。金曜日は科博など他の博物館でもよくやっているのですが、木曜日は珍しい。ってことで木曜の夜を狙っていきました。
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国立公文書館のサイトの過去の展示会のページをみると、特別展終了後2年くらいでデジタル展示でみることができるようになりそうなので、ブログではサラッと気に入ったものだけを紹介していきます。

Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan (ペリー提督日本遠征記) E02289B
ペリー再来航時に通訳を務めた森山栄之助(左)と立石得十郎(右)
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長崎諸役所絵図 184-0288
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重訂解体新書 195-0270
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『特命全権大使米欧回覧実記』挿絵銅版画 ヨ290-0008 銅000323
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歩兵令詞 189-0418
陸軍所の刊行物
陸軍所では西洋の軍事に関する本を翻訳し、刊行をしていました。「兵学程式」は、慶応3年(1867)にオランダ陸軍の用兵操典を翻訳し刊行された本。士官用教科書です。歩・砲・騎の三兵の編成や地形に応じた戦闘法などが記されて います。全4冊。
「歩兵令詞」は、歩兵調練に使用する令詞(号令)集です。 イギリスの歩兵操典の中から号令の部分のみを訳し、慶応3 年に刊行したもの。全3 冊。
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駿河表召連候家来姓名 151-0340
駿府へ御供した家来たち
慶応4 年(1868)正月、鳥羽・伏見の戦い後、徳川慶喜は江戸上野寛永寺で謹慎し、宗家当主は同年閏4 月、田安家を相続していた亀之助(翌月に家達イエサトに改名)が相続しました。同年5 月、新政府から、徳川家は駿河国府中(静岡)藩70 万石を与えられました。展示資料「駿河表召連候家来姓名」(全1 冊)は、駿府移封の際に連れて行く予定の家臣団名簿です。家老には若年寄を務めた平岡丹波道弘(安房国船形藩主)、幹事役には勝安房(海舟)や山岡鉄太郎(鉄舟)、蕃書調所総裁として活躍した大久保一翁(忠寛)、儒者として中村敬輔(正直)の名 前も見えます。また同資料には「江戸表差置候家来姓名」も綴られています。
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四書白文 276-0034(2/38)
静岡学問所(静岡学校)
徳川家が駿府(静岡)に設立した学校。明治元年(1868) 9 月、向山黄村は駿河表学問所御用取扱を命じられます。同年10 月には教授陣に一等教授中村正直 以下12 名を任命し、学問所頭に向山黄村・津田真道を任命しました。
翌年1 月13 日に正式に開業します。展示資料『四書白文』は明治3 年(1870)、静岡学校 で刊行され、同校で使用されていた教科書。見返し部分には「静岡学校之章」の 印が押されています。『四書白文』は大学・中庸を各一巻、論語・孟子各2 巻を収 めた書。「白文」とは本文のみで注釈文などが付されていない漢文を指します。全 5冊。
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自由之理 271-0058
『自由之理』は英国人J.S.ミルの『自由論』(1870年刊)を翻訳したもので、明治5年(1872)刊行。思想や言論、貿易や信教の自由を主張した本書は、のちに自由民権運動に大きな影響を与えました。全6冊、外務省旧蔵。
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斯邁爾斯自助論  159-0196
西国立志編
正直のもうーつの翻訳書といえば、明治3 年(1870)にサミュエル・スマイルズの、”Self Help”を翻訳した『西国立志編』(斯適爾斯スマイルス自助論)です。100 万部以上を売り上げる大ベストセラーとなりました。正直はこの”Self Help” の翻訳から、自主・自由・職業の神聖・誠実・勤勉などの精神的・倫理的精髄を旧幕臣の心に 植え付け、彼らに立ち直らせる力を与えたと言われています。また本書には正直がかつて著した「敬天愛人」(天を敬い、人を愛すること)の言葉も見られます。静 岡学問所で正直から教えを受けた薩摩藩士最上五郎は、西郷隆盛にこの「敬天愛人」説を話したところ、西郷はその思想に共感し、自ら「敬天愛人」の四文字を 競しています。全11冊、外務省旧蔵。
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ところで、この展示で気になったのがこのパネル。

江戸時代の学習法
-素読・講釈・会読-
江戸時代後期になると、全国の藩校や私塾では、素読、講釈、会読という三つの学習方法が確立されました。素続とは、読書の初期沿階で、書物の意味内容を解釈せず、ただ声を上げて、文字のみを読み習い、その書物を丸暗記し、暗誦できるようにすることをめざす学習方法です。そして、素続の段階が無事に終了すると、講釈が開始されます。先生が生徒たちの前で、書物の中の一章、一説について、その内容を説明して聴かせた、口頭で行われた一斉授業を言います。そして会読とは、素読を終了したのと同程度の学カを持つ者たちが、一堂に集まって、所定の書物、あるいは書物の一節などについて、互いに問題点を持ち出したり、意見を出したりして、集団研究をする共同学習の方法です。
会読は、参加者各人の身分に拘わらず、各人とも平等な間係であること(平等性)、また読書を目的とし、期日と場所を定め、複数の人々が自発的に集会を行う(結社性)という持徴がありました。このニつの特敵が、会読という学問の場が政治結社への場へ変容する大きな要因でもありました。
 参考文献 前田勉『江戸の読書会 会読の思想史』(平凡社選書 2012年)


この「会読」って今はやりのアクティブラーニングなんじゃね?「互いに問題点を持ち出したり、意見を出したりして、集団研究をする」ってそのまんま「主体的・対話的で深い学び」ってやつだし。
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