浅草凌雲閣遺構

かつて浅草に凌雲閣(りょううんかく)という建物がありました。

明治23(1890)年に建設された、高さ五十二メートルの塔で、十二階建てだったので「浅草十二階」と呼ばれていました。
起案者は長岡の豪商であった福原庄七、基本建築はスコットランド人建築家のウィリアム・K・バートンによります。
日本の高層建築の先がけとなる建物で、展望室からは関八州の山々まで見渡すことができました。
東京電燈株式会社による日本初の電動式エレベーターが設置された建物でもあります。

在りし日の凌雲閣の様子は、国会図書館でインターネット公開されている画像があります。
日本之名勝
仁山智水帖
ついでに当時の地図

国会図書館の他では、浅草十二階計画というサイトは、資料が充実しています。

その凌雲閣は、大正12(1923)年の関東大震災で半壊し、陸軍によって爆破解体されてしまいました。
爆破の様子は京都大学デジタルアーカイブシステムにある「実写 関東地方大震災」から、映像全体の「一覧をみる」をクリックし、その先の画面で「コンテンツを見る」をクリックするとみられます。10分43秒からの紫色のシーンです。


で、その凌雲閣の基礎部分とみられるれんがと、八角形のコンクリートの土台の一部が、工事していたら発見されました。
現場はこちらです。
2909-1.jpg

工事現場をのぞいてみましょう。
八角形の土台の一部がみえます。一部がこうだと、全体は工事現場の向こう側にありそうですね。一辺が5mほどといわれています。で、この土台はなんと、日本初の建築用コンクリかもしれないらしいです(たまたま隣で写真撮っていた人・談)。
2909-2.jpg 2909-3.jpg

で、レンガですがイギリス積みと言われているらしいのですが、どうも私の目には長手・長手・長手…と並ぶ段と、小口・小口・小口…と並ぶ段が交互にある私の知っているイギリス積みには見えないのです。長手ばっかりで小口がほとんどないようにみえるのですが…。
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それはともかく、レンガも劣化して状態は良くありませんし、文化財の指定はされていませんから、ほどなくして工事は再開される模様。つまり、ここも保存されずなくなってしまうということです。残念…。
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なお、発見は今回が初めてではなく、昭和56(1981)年7月にも、今回の場所と道路を挟んで向かいにある焼肉屋を新築するときの工事で発見されています。

浅草凌雲閣記念碑。先ほどの工事現場があった、路地に入ったところではなくて、表通りにあるパチンコ屋の前にあります。
2909-8.jpg 2909-9.jpg

さらにその近くのWINS浅草前にある「浅草公園史蹟めぐり」の解説板
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