本邦セメント工業發祥之地

コスガビルから北へ向かい、平賀源内電気実験の地のところで右に曲がって数十メートル歩くと、なんかあります。
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この人は誰だ?
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江東区史跡 セメント工業発祥の地
 当地は日本で初めてのセメント工場があった場所です。明治8年(1875)、工部省が本格的なセメントの製造に成功しました。上図手前の隅田川、右側の仙台堀などの泥土を原料の一部として使い、試行錯誤の末、外国品と遜色のない国産のセメントを作り上げました。明治16年(1883)、当社創業者のひとりである浅野総一郎が払い下げを受け、その後民間のセメント工場として発展を遂げました。
 平成16年(2004)5月 太平洋セメント株式会社


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そう、このお方こそ浅野セメント(現太平洋セメント株式会社)の創設者 初代社長 浅野総一郎翁であらせられるぞ。
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その右側には石碑、いや、セメント碑もありました。

本邦セメント工業発祥之地
此地ハ元仙台藩ノ蔵屋敷跡ニシテ明治五年大蔵省土木寮ニ於テ始メテセメント製造所ヲ建設セリ 同七年工部省ノ所管トナリ深川製作寮出張所ト改メラレ技師宇都宮三郎氏ニ依リ湿式焼成法ヲ採用シ初メテ外国品ニ劣ラザル製品ヲ得タリ 明治十年一月深川工作分局ト改称サレ工場ノ拡張相次テ行ハレ同十六年四月逐ニ初代浅野惣一郎ノ経営ニ移リ浅野工場ト称スルニ至ル 明治三十一年ニ月浅野セメント合資会社創立ト共ニ本社工場トナリ同三十六年十一月本邦最初ノ回転窯ヲ設置シ事業愈盛大トナレリ 大正元年十月組織ヲ改メ株式会社トナリ東京工場ト改称シ今日ニ改フ蓋シ此地ハ本邦セメント工業創生ノ地ニシテ同時ニ又当社発祥ノ地タリ
仍而茲ニ其然ル所以ヲ録シ之ヲ記念ス
 昭和十二年七月八日
 浅野セメント株式会社 社長 浅野総一郎


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さらに、その右側には…

明治27年に製造されたコンクリートブロック
 明治22年~明治29年(1889~1896)に行われた横浜港築港工事で、その防波堤基礎用として明治27年(1894)に製造して海中に沈設され、昭和6年(1931)同港改築に際し引上げられたコンクリートブロックである。
 このコンクリートはアサノ普通ポルトランドセメントを使用したもので、配合はセメント:砂:(砂利と小割栗石)が1:2.8:5.2(容積比)水セメント比は40%程度と推定される。37年間海中にあっても損傷は認められず、優れたコンクリートであったことを証明している。
江東区登録文化財


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現在もこの場所はアサノコンクリート㈱深川工場となっています。
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ちなみに日本化学会でも、認定化学遺産 第017号に『日本のセメント産業の発祥を示す資料』があります。


Check it out!
国内におけるポルトランドセメントの工業化 (太平洋セメント)
台信富寿 「我が国セメント産業の発祥とその遺産 小野田セメント徳利窯を中心として」化学と工業, Vol.65 p.548 (2012)
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